東京オリンピック・パラリンピックは日本社会に何を残したのか
コロナ禍の中で開催された東京オリンピック・パラリンピックからあっという間に5年が過ぎました。大会はオリンピック史上初めて延期され、ほとんどの競技が無観客で行われました。今でも、コロナ禍の大変さや当時の混乱とともに、この大会を思い出す人も多いのではないでしょうか。
私たちが東京都23区の住民を対象に行った調査では、テレビで観戦した人の割合は76.2%でした。自国開催でありながら、多くの人が会場ではなくテレビを通じて観戦した、これまでにない大会だったと言えます。
大会経費は約1兆7千億円、都市開発などの間接的な費用を含めると約3兆7千億円にのぼりました。それほど大きなお金と労力をかけて開かれたこの大会は、日本社会に何を残したのでしょうか。
研究を進める中で見えてきたのは、競技場の建設、都市の再開発、交通インフラの整備、駅や街のバリアフリー化といった「ハード面」の遺産です。一方で、「多様性と調和」という大会理念を掲げたことにより、ジェンダー平等や障がいのある人への理解、多様なルーツや性的志向をもつ人びとへの理解を広げるきっかけともなりました。これは「ソフト面」の遺産と言えるでしょう。また、日本選手団は史上最多のメダルを獲得し、競技スポーツを支える仕組みも整えられてきました。
さらに、海外の選手や関係者を全国の自治体が受け入れるホストタウン事業や、ボランティアの組織化を通して、東京だけではなく、全国の人びとが大会に関わる仕組みもできました。コロナ禍の影響で、こうした取り組みの多くが十分に実を結んだとは言えませんが、国を挙げた大きな挑戦であったことは確かです。
私が専門とするスポーツ社会学では、スポーツが社会に何をもたらすのかを考えます。東京大会がどのような遺産を生み出し、それが10年後、20年後の社会にどのように引き継がれていくのかを、長い時間をかけて検証しています。
大会後の検証は『〈メガイベントの遺産〉の社会学』(青弓社)として書籍を刊行しています。ぜひ手に取ってみてください。そして皆さんも、東京オリンピック・パラリンピックを通して、私たちの社会は何を得たのか、考えてみてください。

