体の中の「小さなハサミ」がDNAを守る! ―亜鉛とカドミウムが左右する「修復」のしくみ―
私たちが食品から摂り入れているビタミンやミネラルの中には、体内で酵素の働きを助けるものが多くあります。私たちの研究室では、こうした栄養素が体内でどのように利用されているのかに着目しています。今回は、遺伝情報であるDNAを守る仕組みにミネラルがどう関わっているか、という研究成果を紹介します。
私たちの細胞では分裂のたびに膨大なDNAがコピーされますが、その際に「文字の打ち間違い(ミスマッチ)」が生じます。これを放置すると遺伝情報がどんどん変化してしまい、がんなどの原因になります。そのため、生物には打ち間違いを直す修復システムが備わっています。 このシステムは『ミスマッチ修復系』と呼ばれ、この仕組みがうまく働かないとがんになりやすくなることが知られています。ミスマッチ修復系では、打ち間違いのあるDNAの鎖を切り取ってコピーをやり直すのですが、このとき、打ち間違い(ミスマッチ)を見つけるのが『MutS(ムットエス)』、鎖を切る「ハサミ」の役割を果たすのが『MutL(ムットエル)』という修復酵素です(図1)。

長年、このMutLによるDNA切断の仕組みは謎でしたが、私たちや他のグループの研究により、MutL が必須ミネラルである亜鉛を利用してハサミを組み立て、DNAを切断していることが明らかになりました。体は亜鉛を「修理用ハサミの部品」としても利用していたのです(注:亜鉛は体内で他にも多様な働きをしてくれています。また、摂りすぎると中毒を起こすことがあります)。
ところで、有害金属として知られるカドミウムは、食品中にごく微量に含まれることがありますが、その濃度は安全性を確保するため厳しく管理されています。カドミウムには、細胞に対する毒性に加えて、ミスマッチ修復系を阻害することで遺伝情報を変化させる性質(変異原性)がありますが、その理由は不明でした。私たちは修復酵素 MutL の形を原子レベルで観察することで、その謎を解き明かしました。 実はカドミウムは亜鉛と性質が似ているため、MutLが亜鉛と間違えてカドミウムをセットしてしまいます。しかしカドミウムは亜鉛よりわずかにサイズが大きいため、MutLに入り込むとハサミの動きを支える重要な関節部分をロックして動かなくしてしまうと判明したのです。 関節がロックされたハサミはDNAを切断できず修理がストップするため、遺伝情報のコピーミスがそのまま受け継がれ、突然変異を引き起こします。これがカドミウムの変異原性の正体でした(図2)。 今回の研究は、食品中のカドミウム濃度を適切に管理することが、遺伝情報を守るうえでも重要であることを分子レベルで裏付ける成果となりました。

食品から摂り入れたものが、遺伝情報の安定性にまで関係しているという生命の緻密さを、分子・原子レベルで理解していくことが、私たちの研究のおもしろさです。このコラムを通じて、毎日の食事と体の中で働く小さな酵素とのつながりに興味を持っていただければ幸いです。