水の向こう側を「見る」科学

Meng-Yu Jennifer Kuo

 プールの底に立った自分の足が、短く、ゆがんで見えた——そんな経験はありませんか? コップにさしたストローが、水面のところで“折れて”見えたこともあるかもしれません。とても身近な不思議ですが、実はこれ、これから紹介する研究の入り口なんです。

 ところで、私たちが何かを「見る」とき、脳はとても忙しく働いています。大脳皮質の約40%が視覚の処理に使われているほど。この“見るしくみ”を機械で再現するのがコンピュータビジョンです。カメラを「目」、コンピュータを「脳」に置きかえ、世界をデジタルに認識し、立体として組み立て直す。私たちは、その舞台を「水の中」に移しました。

 なぜ水なのでしょう? 地球の表面の約70%は水なのに、その中にある物の「形」を、私たちはまだ正確に測れていないからです。内視鏡による医療、水中生物の研究、ダムや発電所のパイプ点検など、「水中の3次元の形を知りたい」場面は驚くほどたくさんあります。

 ただ、水の中では光がカメラに三重の邪魔をします。屈折(境目で光が曲がり画像がゆがむ)、吸収(深さや光の色によって光が吸われ、遠くが暗くなる)、散乱(水中の粒に光が散らばりぼやける)。空気中向けの方法をそのまま使うと、形の計算に誤差が出てしまうのです。

 そこで私たちは、これらの現象を数式でモデル化し、新しい計算方法を提案しました。カギは「水が光を通す度合いは、色(波長)と距離で決まる」こと。とくに水は近赤外線を強く吸収するので、物が遠いほど光は弱まります。なら逆に、光がどれだけ弱まったかを測れば距離がわかる。邪魔者だった「吸収」を、距離の“ものさし”に変えるわけです。

 これから目指すのは、その場で形がわかるリアルタイム化、さまざまな水中環境への対応、そして医療やインフラ現場での実用化です。 ゆがんで、暗くて、ぼやけた画像の奥に、本当の形は隠れています。見えにくさの理由を理解するほど、それは弱点ではなく、新しい目を手に入れる手がかりになる。次にプールやお風呂で水の中をのぞくとき、その向こう側に隠れた「形」を、少しだけ想像してみてください。

この記事を書いた人
Meng-Yu Jennifer Kuo
Meng-Yu Jennifer Kuo
モンユー ジェニファー グゥオ

こんにちは。私は日本・奈良県の奈良女子大学で助教を務めています ⛩️
京都大学(日本)のコンピュータビジョン研究室にて博士号を取得しました。
その後、ミネソタ大学ツインシティ校で研究員として研究に従事しました。

研究分野:コンピュータビジョン、(水中での)3次元センシング、計算論的写真術、物理ベースビジョン、Structure-from-Motion

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