そこにAIはあるんか?

水原 啓暁

ChatGPTに代表される「生成AI」の登場によって、AIは私たちにとってずいぶん身近な存在になりました。これまでAIは、専門家が難しいプログラムを書いて使うものでした。しかし今では、私たちが普段使う言葉で「こんなことをしてほしい」とお願いするだけで、高性能なAIを利用できます。

生成AIのおもしろいところは、お願いの仕方によって答えが変わることです。簡単な指示では断られてしまうことでも、言い方を工夫すると答えてくれる場合があります。また、「あなたは一流の編集者です」と役割を与えると、その立場になったつもりで文章を直してくれます。さらに、三人の専門家になりきって別々の意見を出してもらい、多数決で結論を決める、といった使い方もできます。

こうしたやり取りをしていると、生成AIはまるで人間のように私たちに寄り添ってくれているように見えます。では、生成AIは本当に人の気持ちを理解しているのでしょうか。

私たちは普段、相手の立場に立って「この人は何を考えているのだろう」と想像しています。たとえば、友人が悲しそうな顔をしていれば、何か嫌なことがあったのではないかと考えます。こうした力は幼いころから少しずつ身につきます。

心理学の研究では、その力が育っているかどうかを調べるために、「三ツ山問題」という有名なテストが使われます。三つの山の模型を置き、別の場所にいる人にはどのように見えているかを答えてもらうものです。小さな子どもは自分から見える景色を答えてしまいますが、5歳くらいになると相手の見え方を考えられるようになります。

私は、この三ツ山問題を生成AIにも試してみました。すると、AIは正しい答えを出せませんでした。ところが別の方法で調べると、人が何を考えているかを推測する問題には、人間と同じくらいうまく答えられました。この結果は興味深いものです。生成AIは、人間のように相手の立場に立って考えているのではなく、膨大な知識を使って「この場合はこう考えるだろう」と答えを予想しているだけなのかもしれません。

実は、人間は他人の気持ちを考えるとき、自分の経験を手がかりにしています。これまでの経験から「この人はこう考えそうだ」と予想し、その人の行動を見ながら考えを推測しています。しかし、現在の生成AIには、私たちと同じ意味での経験や体験はありません。生成AIは、私たちの話を理解し、共感しているように見えます。しかし、それは本当の意味で相手の気持ちを理解しているからなのでしょうか。それとも、膨大な知識をもとに、そう見える答えを返しているだけなのでしょうか。

AIが私たちのよきパートナーになっていく未来を考えるとき、ふとあのCMの言葉を思い出します。「AIよ、そこに愛はあるんか?」

この記事を書いた人
水原 啓暁
水原 啓暁
みずはら ひろあき

奈良女子大学 生活環境学部 文化情報学科 生活情報通信科学コース 教授

専門分野:脳情報学、認知神経科学、脳機能イメージング

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