ことばの生成AIが変えた世界と変わらない(と信じたい)もの
ChatGPTが世に出て4年ほど経ち、世間での一時期の熱狂は冷めたように見えます。しかしながら、我々のようにコンピュータでことばを扱う研究をしている者にとってはそれ以前とは全く異なる世界に連れて来られてしまったようなもので、異世界転生モノのごとく新しい世界でどう生きるかを問われています。
ChatGPTをはじめとするいわゆる「ことばの生成AI」は2018年頃に端を発する技術で、誤解を恐れずに言えば、世界中の大量のことばのデータを「丸覚え」することで、「次にどんなことばが出てくるかを当てる」ことを可能にするものです。ChatGPTはそれを活用してコンピュータが人間の質問に答えてくれたり、手紙の文案を作ってくれたり、プログラムを書いてくれたり、さまざまな「ことば」を返してくれるようにしたものです。その後様々な企業や研究機関が同じような取り組みを始め、現在は多くのサービス・製品が使えるようになりました。かくいう私も英文のメールや論文の添削に役立てたりしていますし、活用されているという学生・教員も少なくないのではないでしょうか。
「次にどんなことばが出てくるかを当てる」ことを数理的に考える仕組みは言語モデル (language model)と呼ばれていて、ChatGPTが現れたころから大規模言語モデル (large language model;LLM)という呼び方が広まりました。言語モデルという仕組みは長年コンピュータにおけることばの処理の世界で用いられていましたが、かつては覚えられるデータの量も少なく、ことばを当てる性能も低かったため、他のさまざまな知識を駆使しながらことばを扱うことが必要でした。しかし、インターネット上の大量のことばのデータが利用できることになったこと、ディープラーニングの技術が進化しことばを当てる性能が高くなったことを受け、大規模言語モデルだけで十分解けてしまう問題がかなり多いことが分かってきました。実際に大学入試や国家試験等で大規模言語モデルが合格点を取れる、というようなことも言われるようになり、大規模言語モデルは「知識の『引き出し』」として有用であると考えられています。
ではこの先人間は何ができるのでしょうか?私が言っているのは、ことばの生成AIは「平均的には」賢いに過ぎない、ということです。それは世界中のさまざまなことをかなり丸覚えして知っている、という量的な意味での平均、ということもそうですし、覚えた内容は玉石混交で、また大規模言語モデルの仕組み上知らないことをそれっぽく捏造してしまうこともあるため、質的な意味でも平均、に過ぎません。もちろん人間も万能ではありませんが、ことばの生成AIは信じられないような間違いをすることが少なくありません。人間はAIに使われる存在ではなく、使う存在として、今後も自らの能力を活かすための糧としていくことができると信じています。
