千年先、一万年先の「美味しい」を創る
私は分子生物学や細胞生物学を専門とし、これまで動物の体ができる仕組みや免疫の研究に携わってきました。顕微鏡を覗き、遺伝子や細胞の技術を使って生命の不思議を解き明かすことが私の仕事です。
奈良女子大学生活環境学部食物栄養学科に着任してからは、これらの技術を応用して、主に菌類(特にキノコ類)の研究に取り組んでいます。動機は2つあります。ひとつは、純粋な好奇心です。キノコがあのような肉眼的形態を作り上げるのが不思議で、その仕組みを解き明かしたいと考えています。もうひとつは、菌類が持つ多彩な代謝系に魅せられ、それを応用し、人類の課題解決に役立てたいと考えています。「代謝」とは生き物が物質(有機化合物)を作り変えて、生き物自身が必要な物質やエネルギーを作り出す作用のことですが、菌類は動植物とは異なる独自の代謝系を持ち、地球上の物質循環において重要な役割を担っています。菌類の代謝系を利用することで、人類に有用な物質を合成したり、プラスチックなど自然界で分解されにくい人工物を安全・有用な物質に変換することを目指しています。
キノコの代謝を研究しながら日々感じるのは、「私たちが今食べているものを、未来の子供たちも食べ続けられるだろうか?」ということです。地球温暖化や人口爆発、食肉生産の限界、漁業資源の枯渇など、食に関する課題は山積しています。たとえ何とかそれらの問題を克服できたとしても、地球の環境は自然に変化していくはずです。人類が一千年後、一万年後も生き延びるためには、私たち自身の「食」のあり方も変わっていかなければなりません。食物栄養学科で学ぶ者は、未来の食を創る開拓者です。私たちの使命は、百年先、千年先、そして一万年先の未来を見据え、地球に優しく、安全で健康的、そして何より「美味しい」食べ物を守り、生み出し続けることだと思います。
